【いなか自治体の勇気あるトライアル】松阪市の救急車の運用見直しで、日本はどう変化する?

救急車の有料化の在り方を問うトライアル(試み)

 三重県の中南部に位置する松阪市、日本の最高級牛肉の松阪牛(まつさかうし)で有名だ。

市の人口は15.7万人で、県内では人口数が多めの自治体。

そのうち65歳以上の高齢者は4.8万人で、高齢化率は30.8%

松阪牛は有名だが、それ以外の産業では全国的にメジャーなものはない。

 そんな松阪市が、「救急車を一部有料化する」という問題で注目されている。

市は2024年1月、「救急車で搬送されても入院に至らなかった場合、7700円を徴収する」と発表。

実際に徴収されるのは「選定療養費」なのだが、世間からは「救急車の一部有料化」として捉えられている。

この制度は、2024年6月から開始される。

 7700円を徴収される対象はあくまで軽症者であり、以下の方は対象外となる。

  • 緊急の入院や手術が必要な方
  • 入院に至った方
  • 紹介状を持参された方
  • 公費負担医療制度の対象になっている方
  • 災害により被害を受けた方
  • 労働災害や交通事故に遭った方など

 松阪市がこの徴収に至った理由は、「出動件数がこれ以上増えると、限界を超える」からだが、取り巻く事態は、我々の想定よりも悲惨なものになっているようだ。

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背景にあるのは、救急搬送の切迫

 日本国内にいる方は、もうとっくにご存じだろう。

日本の救急搬送の件数は、年々増加傾向にある。

「救急出動件数」及び「搬送人員数」は、令和4年に過去最高を記録している。

以下は、国内の救急車の出動件数などの推移だ。

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コロナ禍では減少傾向となったが、再び増加傾向に転じたものだ。

これは国内で進む高齢化を受けて、当然の流れかもしれない。

 問題は、その中で不要不急の事案も一定数存在していること。

 東京消防庁の発表では、緊急性のない問合せや、消防に関係のないものが約2割含まれているとしている。

このような類の「救急要請もどき」は、論ずるまでもなく真っ先に排除すべき事案だ。

しかしこれら2割を排除しただけでは、この救急車の切迫問題は解決しない

だからこそ、松阪市のような自治体が勇気あるトライアル(試み)を行なったのだろう。

 この記事では、救急車の有料化に至った経緯、その値段の根拠、今後どうなるかを考察していく。

全国の救急車に関連する問題なので、国内で暮らす方は誰も避けて通れないトピックだ。

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救急車の有料化を語る私のこと(プロフィール)

 田舎の県で地方公務員として、約15年間勤務する。

前職の経歴と風貌から、公立病院のクレーム係などハードな部署に回され続ける。

公立病院時代は、救急搬送されてきた「モンスターペイシャント」の相手もさせられた。

 第二子誕生の際、当時の男性では珍しい1年間の育休を取得

育児をこなしながらも、今後の人生を真剣に考え公務員を退職して独立。

 引き継いだ農地で小規模農業を行いつつ、ブロガーとして歩み始める

・もっと知りたい方 → 私のプロフィールへ(内部リンク)

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救急車の有料化と非難される松阪市

 この「救急車の一部有料化」制度は2023年6月に始まるのだが、ポイントは以下のとおり。

  • 徴収されるのは救急車の利用料金ではなく、法に定められた「選定療養費」。松阪市ではなく、受け入れ病院に支払うもの
  • 交通事故や公務災害、紹介状を持参した上での救急搬送や、公費負担医療制度の対象者は、入院しない場合でも選定療養費は徴収しない。
  • 入院に至らない場合でも、徴収するかどうかの最終的な判断は医師に委ねる

 松阪地区広域消防組合によると、2018年の救急車の出動件数は年間1万5000件を超えた。

市は地元医師会などでつくる「三病院連絡会」で対策を協議し、救急車の適正利用やかかりつけ医の受診を住民に呼び掛けた。

しかし、その後も出動件数は減少せず、2022年は1万5539件に上った。

そのうちで入院不要の「軽症」と判断された人は、56・6%を占めた。

人口1万人あたりの出動件数は、全国の同規模の消防で1位という記録。

田舎の自治体ながら、その状況はひっ迫していたようだ。

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「救急車を利用すると7700円」の根拠

 まず最初に気になった、「救急車利用料の7700円」。

この表現も正確ではない。

正しくは「救急車に伴う一部患者の選定療養費」とでも言った方が正確だ。

この金額は、健康保険法の「選定療養費」に基づく制度から決定したもの。

病床数200床以上の地域医療支援病院などを対象に、紹介状を持たない“飛び込み”の初診患者から徴収するもの。

健康保険は適用外となるので、痛いことに全額自腹。

分かりやすく言うと「いきなりこんな大病院に来ないで!空気を読んでね」という趣旨のものだ。

最初は近くのかかりつけ医を受診し、「紹介状」を書いてもらってから大きい病院に行く流れだ。

(その紹介状だが、「文書料」として約3,000円はかかってしまう)

 松阪市は救急搬送され入院に至らなかった軽症者に対して、この選定療養費を適用・運用していく方針だ。

 適用理由と利用料の算定根拠は、文句のつけようのない見事な理屈だ

このロジックを前に、「救急車の有料化」という非難は的外れだ。

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県内・県外の病院単位での先行事例 

 三重県内では松阪市に先駆けて、伊勢赤十字病院が病院単位で徴収を行なっている

県外の病院でも、単独で行なっている例はある。

反発や批判を恐れずに病院単独で導入するとは、さすがは赤十字病院といったところだ。

 今回の松阪市は、その先例を踏襲し、市内の基幹3病院合同での導入となった。

今回の松阪市の方式では、いち病院が集中的に批判されるということはなくなった。

しかし盾となる松阪市には、思い切った覚悟が必要だっただろう。

まずは、この勇気ある有料化トライアルを行なった自治体に感服する。

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間の悪い報道

 2024年の2月の報道によると、三重県の松阪地区広域消防組合は、職場内でパワハラやセクハラをしたなどとして、職員の1割を超える33人を処分したと発表。

 松阪市と明和町、多気町を管轄する松阪地区広域消防組合では、勤務する職員が強盗と住居侵入の疑いで逮捕・起訴されるなどの不祥事が相次いだ。

 有料化が始まる6月を前に、とてもタイムリーな不始末。

職員の1割が処分されることも、異例の規模だろう。

最初は「救急車有料化への妨害工作か」とも思えた。

しかし、よくよく考えると、

過酷な労働環境で、自暴自棄になる職員が多い」とも思えてきた。

なんとも不思議なタイミングでの、捉え方の難しい報道だ。

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国内の救急車事情

 日本国内では年々、救急車の出動件数が増加している。

そんな中でこうした緊急性のない出動要請や消防に関係のない「不要不急の通報」は、大きな負担である。

 この「不要不急の通報」については、全国の自治体で減少に向けた試みがされている。

しかし我ら利用者の問題は、判断に迷うケース

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救急安心センター

 緊急性の低い通報を減らすため、119番すべきか判断に迷う場合は医師や救急隊員経験者が24時間体制で相談に応じる「救急安心センター(#7119)」の利用を呼び掛ける。

電話で#7119をプッシュするだけで、各地域の代表電話に転送される便利な仕組みだ。

電話先で医師や看護師などの専門家に相談することができ、アドバイスを通して判断の手助けとなる。

全国の主要都市を中心に、全国の約20都府県で配備されている。

 しかし、昨年の利用件数は8万9千件、受診ガイドのアクセス数も9万件にとどまり、119番に比べると、認知度の低さは目立つ。

・外部リンク → 総務省消防庁の「救急安心センター(#7119)」

救急車の「適正利用」を呼びかけるのもけっこう

 救急車の「適正利用」が近年、どの自治体でも呼びかけられている。

しかし平時にどれだけ呼びかけを行っても、個々人が有事の際は「119番」しか頭に浮かばない

「#7119」の番号が整備されていても、「#」や「7」を瞬時に思い出せるだろうか?

私にもそんな自信はない。

そんな思いを察してか、もしくは腰が重いだけなのか、「#7119」の導入も全国をカバーできていないのだろう。

 地方自治体としては「#7119」を整備するよりも、「適正利用」を呼びかけ続けたほうが「やってます」感もあってラクだろう。

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子どもの夜間・休日のアクシデント

 子どもが急病やけがをすると、親は気が気でないだろう。

特に子どもの一大事となるとすぐに救急車を呼びたくなるが、少し待ってほしい

特に医療体制が手薄となる夜間・休日には、#8000で「こども医療でんわ相談」という仕組みがある。

これも電話で#8000をプッシュすると、各都道府県の専用窓口の小児科医師・看護師に相談できる。

嬉しいことに、全国47都道府県に配備されている安心の仕組みだ。 

・外部リンク → 厚生労働省の「こども医療でんわ相談(#8000)」

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海外の救急車事情

 海外の救急車事情は、どうだろうか。

よく取り上げられるのは、フランス

救急車を1回呼ぶと、基本料金約60ユーロ、さらに走行距離料金(約2ユーロ/Km)がプラスになる。

1ユーロ=160円だとすると、基本料金で9600円

加えて10㎞走行すると3200円加算、総額13000円くらいになる。

日本と価格設定根拠が異なるだろうが、ほぼ倍額だ。

 さらに高額なところが、アメリカ

基本料金で8~15万円がかかり、走行距離料金もプラスされる。

 「ゆりかごから墓場まで」で有名なイギリスは、原則無料。

しかし定住者に限定されている。

移民問題を抱えるイギリスで、この制度がいつまでもつのか。 

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まとめ 「救急車の有料化」と非難されるトライアルはとても有意義

 今回の松阪市のトライアルは、全国的に「救急車の有料化」と非難されている。

ただ、地方自治体としては有意義な先行事例。

だからこそ、全国的に注目されるのだ。

今回の松阪市のトライアルを受けて、全国に波紋が広がるだろう。

国民医療費の膨張を抑えたい国は、(地方分権を配慮しながらも)「選定療養費」の徴収を進めるようお達しを出すだろう。

さらに、医療関係者側からも「働き方改革」の一環で、推進の圧がかかるだろう。

このような流れが加速すれば、各自治体は有料化を進めざるを得ないだろう

各自治体は、松阪市のように「待ったなし」で地元病院をとりまとめ、選定療養費の徴収に向けて奔走する日がやってくるだろう。

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見落としてはいけない点

 このような流れの中で、見落としてはいけないところが低所得者層への対応

7700円徴収されるのが怖い」として、本当に重篤な急病時にまで救急要請をためらってしまう

そんな方のためにも、国は「#7119のような事前相談システム」の配備を全国に進めるべきだ

#7119に相談して搬送された患者については、入院にならなかったとしても7700円を徴収しない、などのインセンディブを設けてもよいだろう。

119に電話しても、病気やケガの場合は「#7119」のようなシステムを強制的に経由してもよいのではないか。

 このようなシステムを早急に築き上げるのは、社会的にとても困難だ。

しかし、迫る有料化の波の中でしっかりと調べて「適正利用を心がける国民」には、安心の医療が提供できる国であってほしい。

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