お風呂場で見えた、「効率では測れない価値」
子どもと買い物へ行くと、不思議なくらい足が止まる場所があります。
お菓子コーナーでもなく、ゲーム売り場でもない。
入浴剤売り場です。
しかも、ただの入浴剤ではありません。
お湯に入れると中から小さなマスコットが出てくる、あのタイプの商品です。
親からすると、毎回ちょっと考えてしまいます。
「高くない?」
手のひらサイズの球体で、値段は500円から800円ほど。
お風呂に入れれば数分で溶けてしまう。
しかも、中に入っているマスコットだけを見ると、決して高価なものには見えません。
中古ショップへ行けば、同じシリーズのものが並んでいることもあります。
それでも、子どもは欲しがる。
しかも「買って!」ではなく、“自分のお小遣いで買いたい”という空気を出してくることがあります。
そこが少し面白いのです。
「物」ではなく、「イベント」を買っている
ある時、子どもがお風呂の時間を妙に楽しみにしていました。
理由は、その日買った入浴剤です。
まだ袋を開けてもいないのに、ずっと嬉しそう。
「今日はあれ使うんだよね」
何度も確認してきます。
そしてお風呂に入ると、すぐには湯船に入れません。
まず観察する。
色。形。匂い。
それから、ゆっくりお湯に入れる。
シュワシュワと泡が出る。
少し崩れる。
まだ見えない。
「あ、なんか出てきた!」
この時間が、とにかく楽しそうなのです。
見ていて気づきました。
子どもは、あの小さなマスコットだけを欲しがっているわけではありません。
“出てくるまでの流れ”を楽しんでいるのです。
大人は、途中を飛ばしたくなる
大人になると、つい考えてしまいます。
「中身だけ買えば安い」
「欲しいキャラを直接買った方が早い」
「被るくらいなら選べた方がいい」
たぶん、それは合理的です。
でも、子どもにとっては違います。
何が出るかわからない。だから楽しい。
しかも、“すぐ結果が出ない”ところが重要なのかもしれません。
お湯に入れた瞬間、完成するわけではない。
少しずつ崩れていく。待つ。覗き込む。期待する。
今の時代、こういう時間は減りました。
動画は飛ばせる。
ゲームは攻略がすぐ見つかる。
欲しいものは翌日に届く。
大人ほど、「待たないこと」に慣れています。
だから逆に、子どもたちのあの姿が印象に残るのかもしれません。
「大量開封」が、どこか違って見える理由
かの有名な動画投稿サイトでは、こうした入浴剤を何十個も一気に開封する動画があります。
次々に溶かして、レアを探す。
確かに派手です。
でも、私は少しだけ違和感があります。
本来あの商品の魅力は、「一個を大事にすること」にあった気がするからです。
今日はこれを使う。今日はちょっと特別。
そんな空気が、子どもにはあります。
ところが大量開封になると、その“特別感”が消えてしまう。
次。また次。もっと刺激を。もっと数を。
気づけば、“楽しむ”より、“消費する”に近くなっていく。
それは少しだけ、今の社会そのものにも見えました。
子どもは、「無駄」をちゃんと楽しめる
大人になると、「意味」を求めがちです。
得なのか。役に立つのか。損していないか。
ですが、子どもは意外と違います。
お風呂の数分のために悩み、待ち、楽しみにする。
それを“無駄”だとは思っていない。
むしろ、その遠回りそのものを楽しんでいます。
これは、かなり大事な感覚なのかもしれません。
お小遣いの使い方に、その子らしさが出る
個人的に面白いと思うのは、子どもがお小遣いであれを買おうとするところです。
限られたお金の中で悩む。
別のおもちゃをやめる。
今月はこれにする。
そして、自分で選ぶ。
金額だけ見れば、小さな買い物です。
でも、子どもにとっては“自分で決めた消費”です。
だから記憶に残る。
「あの時のお風呂、楽しかったな」
そういう思い出になっている気がします。
泡の中に残っていたもの
お風呂から上がる頃には、入浴剤は跡形もなく消えています。
残るのは、小さなマスコットひとつ。
大人から見れば、「これで700円か」と思うかもしれません。
でも、子どもにとっては違います。
買う前から始まっていたワクワク。
お風呂まで待つ時間。
溶ける瞬間。
何が出るかわからないドキドキ。
たぶん、子どもたちは“物”だけを買っているわけではありません。
あの小さな球体の中には、
待つこと。楽しみにすること。少し遠回りすること。
そんな時間まで、一緒に入っているのだと思います。


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